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ビートライブ7
2011 / 10 / 15 ( Sat )
そしてビートラ当日。
もちろん予備予選に参加する名門江古田48の応援から始まります。

わけのわからないチームに加入してくれたkan氏、SCANDAL氏、そしてリネさん。
そして江古田の下僕ぼぉるぐ。
本当にありがとうございます。

結果としては一回戦で負けてしまったけども、
左近寺さんがすごい頑張ってて、かつ悔しがっているのを見て、
即効で涙腺崩壊しました。
トイレでこっそり朝一から泣きました。

次にニュートン勢の応援。
ラスカルさん、なっちさん、こいわいのいるチーム。
パンヤオという超強いチームを追い詰めながらの敗北。
普段の頑張りを見ていただけに、本当に悔しかったです。
特にいつも小生意気な可愛いこいわいが泣いているのを見て、
もらい泣きしそうになりました。(泣いたら今後10年からかわれるのでこらえる)

ニュートンの大野さんや極さんが本当に悔しそうで、
かつ暖かくて、ニュートンの素晴らしさを実感した瞬間でした。
本当に素晴らしいメンツに囲まれているこのチームは、
もっともっと強くなるだろうと思います。
まだまだ負けれない。

ビートラで泣く人間、笑う人間。
本当に紙一重の差なのに、たった3ラウンド×5人で大きく分かれてしまう。
一年のやりこみ、才能、運。
これをほんの一瞬に凝縮するからこそビートラは面白くて、楽しくて、悲しい。


そして当日の予選が始まります。

もちろんHSAさんを超応援。
しかしデスブロックに入り、破れてしまう。

こんな素晴らしい対戦が予選から見れる感動と、
負けてしまった悲しみ、
すごい複雑な気持ちでした。



もちろん身内目線というのはあると思います。
それでも自分の中でHSAさんのバーチャは永遠の目標。
ゲームを究極まで理解し、自分の能力と相談しながら最善の一手を打つ。
そして自分の能力を高めることを怠らない。
だからこそ彼のバーチャには華があり、見る人の目を奪う。

彼の水面下での努力や探究を身近で見ているからこそ、
尊敬できるプレーヤーとして自分は彼を推します。

最強のバーチャプレイヤーのひとりであり、
バーチャを知らない人に見せるなら、この人のプレイだと心から思っています。

そんな人が負けるビートラのハードルの高さを再認識しながらも、
その分、頑張ることを心から誓うのでした。

03:00:31 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ビートライブ6
2011 / 10 / 15 ( Sat )
そしてついに昆虫がキャラ対を始めました。
常に動画とにらめっこし、いつも喰らっている技を見つけては、
対策法を聞く毎日。

生まれながらの昆虫のため、
わかっていても対処できないこと数百回。
心が折れそうでした。


かまあげさんに「避けキャン練習しろ虫が」と言われると、
CPU戦でひたすら避けキャンし、
それが終わると、
SHの1KKにしゃがんで膝を返し続けた日々でした。


それでも勝てなくて、
かまあげさんに26連敗し、泣いたこともありました。
バーチャで悔しくて泣くなんて初めてでした。
それだけやりこんでいた日々でした。


これを三カ月ほど続けたある日、
東西戦の代表になることができました。
それとともに徐々に勝てるようになってきました。

いつの間にか昆虫沼を抜けていました。
そして地獄の渋谷武帝戦を行っていました。
多分渋谷の武帝で一番弱かったと思います。

そしてビートラが近づいてきました。


ともにやりこんでいた青さんがチームに加入し、
名門江古田に一瞬亀裂が走りました。
候補人数は6人。

ビートラに出れるのは5人でした。
ここで奔走してくれたのが兄でした。

バラバラになりそうな江古田勢の話を一から聞き、
皆の意見をまとめて、説得してくれた。
これがなければ江古田勢の出場はかなわなかったと思っています。

怪我があったとはいえ、身を引いてくれた左近寺さんにも本当に感謝しています。
もちろん左近寺さんは江古田勢の筆頭だといまでも自分は思っていますし、
来年こそ是非一緒に出たいと心から思っています。



そしてビートラの朝を迎えます。
02:21:19 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ビートライブ5
2011 / 10 / 15 ( Sat )
そしてぐりぐらが閉まってから、江古田勢はバラバラになりました。
元々皆の交通の利便性が最もよかったのが江古田。
それがなくなって皆バラバラになってしまいました。

ある者は外へ。
ある者は地元で。
ある者は別の趣味へ。

皆が顔を合わすのはいつしかベイだけになっていました。


自分は外でバーチャをすることになりました。
今思えば、初めて兄貴と離れてのバーチャ期間になった気がします。
そこでFSも始まりました。

正直Rと比べるとおもしろいとは思いませんでした。
ブレイズは軽くなるし、相殺ないし、キャラバランスはあれだし、ブレイズは軽くなるし。



モチベも初めて急降下し、
バーチャをやる気がない日々でした。


そんな中渋谷が2クレになりました。
そこで出会ったのが「ちんぱん」さんでした。

自分はあんなに楽しそうにバーチャをする人を未だに知りません。
かまあげさんやばすた~も楽しそうなバーチャ勢筆頭ですが、
ちんぱんさんはそれを超えるバーチャ好きでした。

自分のモチベをあげてくれたのは他ならぬ彼でした。
今年のMVPは間違いなく、ちんぱんさんだと自分は思っています。

渋谷が徐々に楽しくなり、毎週通うようになりました。
でもまったく勝てなくて、すぐ折れそうになる日々でした。
特にSHUさんにはまったく勝てなくて、
昆虫沼を抜けそうになる→SHUさんにぶち殺されるの日々でした。
まじ無理ゲーでした。
※昆虫沼…ビートラのパンフに乗っている昆虫プレイヤー軍団が拳聖段位にいて、
     全く武帝になれないこと。自分も昆虫沼の一部。

一度昆虫沼を抜けたら「かいぶつ」に一時間かからず剛拳聖にたたき落とされ、
まじ切れそうになりました。
RNが「JBT59」になりました。(獣武帝59分にて終了)



そこで支えてくれたのがHSAさんでした。

何度も折れそうになる自分を見守ってくれ、練習に付き合ってくれて、
ずっと「おそれず二拓をかけろ」と言い続けてくれました。

だがそこは昆虫、
二拓をかけらず無残に散っていくブレイズがいたのでした。
「汚い花火」と形容されるほど哀れに死んでいきました。


02:20:05 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ビートライブ4
2011 / 10 / 15 ( Sat )
そしてベイにのめりこんだ僕たちは、
ますますバーチャに熱をあげていきます。

その中で出会ったのがしかっちさん(エコダーマン)。
最初は危ないおじさんだと思っていましたが、当時自分たちの中では圧倒的に強かった気がします。
しろぬこ、兄貴、エコダーマン。

この3人でひたすら江古田でバーチャをやりこんでいました。
その中で左近寺さんとも出会い、江古田の体制が仕上がってきました。

またこの頃ちょっと後に、
ナオトが加入し、若さも入り、才能に嫉妬しながらチーム自体が順調に進んでいきました。
皆で突発的に静岡いったり、本当に充実した日々でした。


そのころには外に出て行き、ますますバーチャが楽しくなっていき、
ずっとこんな日々が続くと思ってました。




ある日、「ぐりぐらがつぶれる」と聞かされました。
店長さんがいきなり亡くなってしまい、知人の方が運営してたのですが、
契約更新のタイミングで閉店が決まりました。

まじで信じられなくて、その日からバーチャもそこそこにかけずり回りました。
いくら金を集めればぐりぐらを存続させれるのか、
インカムがいくらになれば潰れずにすむのか、
…結局だめでした。
どんなに頑張ってもぐりぐらが潰れるのを回避することはできませんでした。

ぐりぐらが潰れる日を一日一日と数えながら、
バーチャをする毎日でした。
そしてぐりぐら最後の日、泣きながら自分はその日を迎えました。


いつもと変わらぬメンバー、いつもと同じバーチャ。
ずっと終わることはないと思っていた時間。
でも閉店の時間が来て、ぐりぐらはなくなることになりました。

次の日、閉まっているのがわかりながらぐりぐらに行くと、
そこにはシャッターの閉まった店舗後があったのでした。
01:56:53 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ビートライブ3
2011 / 10 / 15 ( Sat )
そして江古田でのバーチャが始まりました。

そこで最初にあらわれた敵が「たんぼぎょうざ」さんでした。
今考えてもこの人の屈伸は神業だと思います。

当時屈伸という存在を知らなかった自分はこのウルフに平気で何10連敗もしていました。

「なんで中段と投げを両方防げるんですか?」と聞くと、
「やりこみによる匂い(嗅覚)」と返すたんぽさん。
情報弱者ってかわいそう。

そこでたんぼさんの紹介で「ニュートン」とも出会いました。
当時ぐりぐらでしかバーチャしていない自分たち。
修羅の国?なんぼのもんじゃい!って感じでした。

そこで出会ったのがかまあげさん。
この人にも屈伸ですべて処理されました。

「なんで中段と投げを~略」と聞くと、
「やりこみによる~略」と。
情報弱(以下略


そこからぐりぐらでたんぼさんに、
ニュートンでかまあげさんにぶち殺される日々が始まりました。
毎日何十連敗もし、兄貴と夜通し「殺すリスト対策」を話し合う日々。


その中で出会ったのがHSAさんと青パイさんでした。
正直有名プレイヤーとか知らなかったので、
「とにかく強い人」という認識しかありませんでした。

ただ、
とにかくこの二人がたんぼさんをぶっ殺し続けていて、
「この人達はすごいんだ」というのはわかりました。

やりこみ続けて3年?
この時点で江古田バーチャが出来上がってきた気がします。
ある日、「青パイさん、なんで中段と(以下略」と聞くと、
「それは屈伸という防御行動で6F以下で…」


…神が現れた日でした。
そこから兄貴と屈伸と肘と投げだけで
朝から晩まで100試合ぶっつづけで屈伸の練習を始めました。

そして屈伸を覚え、初めてのベイに出場となります。

ベイエリアでは無駄にちょっとだけ勝ってしまい、
ますますバーチャにのめりこんでいく兄弟がいたのでした。
01:28:32 | 雑談 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

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