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ビートライブ ラスト
2011 / 10 / 15 ( Sat )
そしてビートライブ決勝。
相手は川崎A。
もう全力でぶつかるだけでした。

かげつ氏(JA)との初戦エコダーマンが追い詰めるも負け。
ここで兄貴が自信を持って次鋒へ。

本当にすばらしい動きでした。
上のプレイヤーからすれば危ないレイフェイにしか見えないかもしれないけど、
俺から見れば本当にすばらしくて、強くて、かっこいい兄貴で。



そのまま出前さん(WO)、まんまいさん(AK)を倒した瞬間に

「これが俺の兄貴だ!江古田のかずぼーだ!超強いだろ!!!!!」

と会場に叫びたい気持ちでいっぱいでした。



バーチャを始めてからずっと一緒に戦ってきただけに、
本人の弱いところも強いところもクセも全部知ってて…。
それでも今までで一番いいプレイを見せてくれたと思います。

しゃーくさんに負けた後の拍手で、
「あぁ、みんな同じこと思ってたんだなぁ」と
ニヤツキが止まりませんでした。



そして兄貴がしゃーくさん(VA)に負け、
副将として自分が出る。



正直な話、
超落ち着いてて、皆の声がMAXボリュームで聞こえてて、
苦手なSHUさん(SH)戦でも
負ける気が一切しませんでした。


練習したこと全部できて、
最後のシーンだけテンパったけどそれ以外は、
ミス後のフォローも含めて
現時点での”やりこみ”の全てを出せたと思います。






そして、勝利。ビートライブカップ優勝。






勝った瞬間に応援の皆が飛び込んできて、
押しつぶされて筺体がリアルに10センチくらいズレました。
多分あの10センチが「ビートラの熱量」ってものですね。


あとはもうボロ泣きでした。





最高のチームメイト、

応援してくれた皆、

お世話になった方、

対戦してくれるライバル、

運営の皆さん、

ただただ感謝の気持ちしかなくて、

ずっと「ありがとうございます」しか言ってなかった。

ほんと誰が勝者かわからないくらい。



ビートラの会場全員にありがとうって言いたかった。




その後は実感もないまま、
祝勝会をしていただき、
ずっと特殊称号のプレートを抱きしめたまま、
帰路につきました。


翌日、
がらがらの声で兄貴を起こして
兄貴とともにアーカイブを見て、
やっと優勝したんだなぁと実感がわきました。





正直今回の優勝は完全にフロックで、
もっと強いチームはたくさんあったと思います。

でも自分は141チームの中で、
最も素晴らしいチームは名門江古田だと信じているし、
そこだけは譲るつもりも曲げるつもりもありません。


優勝はしたけれども、
今後も挑戦者として努力していきたいと思います。


本当にありがとうございました。








最後にぐりぐらの店長へ。






あなたのぐりぐらが日本一バーチャの強い店になりましたよ!!
最高のお店でした!!!ありがとうございました!!!
胸を張って天国で自慢して下さい!!!
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05:25:08 | 未分類 | トラックバック(1) | コメント(12) | page top↑
ビートライブ 11
2011 / 10 / 15 ( Sat )
こうしてベスト4に進出した江古田。
相手は逆鱗。

ふーどさんを青さんが嫌がっていたので、
出し順が本当に大事な戦いでした。

初戦エコダーマンがマグナム氏(JE)戦を落とすも、
ドラゴンウルフ(32歳 変態 酔うとキス魔)が
マグナム氏を堅い防御で倒す。

このドラゴンウルフ、
知る人ぞ知る緊張家で。

こんな大舞台で安定した動きをみせてくれるとは正直思っていませんでした。
彼のスタイルである屈伸と手堅い攻めをひたすらやり続ける。
こんな大きな舞台でそれを実践してくれることは本当にすごいことです。
マジで嬉しくて何回も肩を叩きまくりました。

そして続くマスク氏(JA)に負け。
兄が行ってこれまた大胆に攻めて勝つ。

兄貴はずっとJA戦を嫌がっていて、
それでも勝つために廊下を選び、
ハイヤーが技をスカス場面を研究し続け、
それをあの大舞台でやってのけました。

本当に誇らしかったです。

そしてふーど氏(JA)を追い詰めるも、
サマーで死ぬ。



それでも皆拍手して、笑顔で迎えて。

正直あんな死に方したら絶望感しかないはずなんですが、
それくらい、その日の江古田はお互いを信頼していました。

そして自分が出る。
絶対にふーどさんを倒して青さんに繋ぐ!っていう
気持ちを持って向かいました。

途中で膝確をミスって流れを
持って行かれそうになったときに、
エコダーマンが「一回死ね!」って大声で言いました。

BT杯で「一回死ね!」って…と思いながら
笑いながら死にました。
これで吹っ切れた。

ミスを引きずることなく、切り替えられたこと。
それだけが唯一の勝因だったと思います。

そしてそのままの勢いで大須さん(BL)とゴージャス氏(GO)を倒す。

横で青さんがずっと、
「後ろに俺がいるからね!好き勝手やっていいよ!」と
言ってくれてました。

こんなセリフが聞こえるくらい、
落ち着いてバーチャしたのは初めてです。

VS逆鱗戦はびっくりするくらい緊張もなく、
普段以上に冷静かつ、熱く戦えました。

大須さん戦で追い詰められた時も、
「アッパー一発で倒せるなー」とダメージ計算できてて。


いそんなシーンに差し掛かるたびに、
誰かしらの対戦相手とのシーンが勝手にでてきて、
まじでケンシロウだった。





そして決勝の舞台へ。
04:56:09 | 未分類 | トラックバック(1) | コメント(1) | page top↑
ビートライブ10
2011 / 10 / 15 ( Sat )
そして決勝トーナメント。
引いた番号は2番。

1ブロックに魔人一家がいて、
そこに飛び込むという選択肢もありましたが、
「どうせ大舞台で戦うなら関西勢」という結論から、
魔逆の最終16ブロックへ。江古田勢のこういうところは大好きです。

そして一回戦は勘違いクラブ。
最初のデビロック氏(KA)を兄貴が倒すも、
次鋒のペンキ屋さん氏(LA)にこれまた三枚抜かれる。

副将として出た自分がなんとか倒す。
そして出てきたのが組長氏(WO)

ドラゴンウルフ(32才 変態)との戦いと出前さんとの戦いでウルフ戦は慣れていたため、
いつもどおりの動きができ、勝利。
特に完全二拓氏(WO)対策で練習した、
ツナミを避けてのシャドーハンマーが実践でできたことで勢いに乗れました。
完全に一点読みで投げ抜けも入っていない避けキャンでしたが、
「自分の直感を信じて
 相手に最大のリスクを負わせるために行動できた」ことが、
やりこみとHSAさんの教えに基づいて行動できたという証でした。

終わった瞬間に、
「これがHSA直伝のバーチャだ!」と叫びたくなりましたが、
本人が後ろにいて恥ずかしかったので
「うぉぉうrのふいshじょこsj」と叫んでお茶を濁しました。

そしてそのままの勢いでちのブラッド氏(BR)余語氏(KA)を撃破。
ここは完全に勢いでした。

そして次は地方の星。
コムサラ氏(SA)にエコダーマンが負け、
ドラゴンウルフが倒す。
そのままの勢いでJACKY BOY氏も倒してくれて、
厳流影氏(KA)に負け。

そして兄貴が厳流影氏に勝つ。

この日の兄貴は本当に肝が太くて、
ゼットマンを見ているかのようでした。
もちろん技術は月とすっぽんだけれども、
「勝つために」をモットーにできる範囲での最善の動きをしてくれました。

大会での構え解除→投げがどれだけ恐ろしくて、勇気のいるものか。
いちばん身近で見ている自分にはそれがわかるからこそ、
本当に力強く、頼もしい動きに見えました。


続くDAS氏(VA)に兄が負け、自分が出る。

ベネッサはかいぶつと死ぬほどやり込んだからこそ、
自信がありました。
負けても負けても連コして挑み続けたかいぶつ。
そのやり込みが報われました。

ちゃんと直二で捌かれない跳び箱を打てたり、
しっかり投げにいったり。
自分でも驚くほど落ち着いていて、
VA戦で一年で最もよく動けた試合だったと思います。

そして大将星野ひかるさん。
この人も自分の中では努力の人のイメージで、
わからん殺しをすると、
次はその対策をして帰ってくる。

「バーチャをわかっている強い人」です。

青さんが初めて嫌がっていたので、
なんとか踏ん張りたかった。


「直二!」というHSAさんの教えを守ることと、
相手の投げスカを投げにいって、暴れビートをもらわないこと。
それを心がけて、攻めの姿勢を貫きました。
ここも勝った時、覚えていません。


でも試合中にかまあげさんが
「ぬこ!いけー!」と言ってくれたのだけ覚えています。

気が付いたら勝ってて、
青さんが飛び込んできました。


そして、
何度目かわからない声にならない雄たけびをあげていました。







名門江古田はベスト4へ駒を進めます。
04:29:21 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ビ-トライブ9
2011 / 10 / 15 ( Sat )
そしてプレーオフ。
相手は「チャンスの順番」。
個人戦チャンプ「とまりおん」氏のいるキツイチーム。
先方オツナミ氏(LA)を破るも次のテラゾー氏(LA)に三人抜かれ、
こっちは青さんと自分のみ。

テラゾー氏に対し、副将で出て、
左虎Pを捌くなどで勝つことができました。
これも渋谷でのわさこんさんとの地獄武帝戦の成果。

わさこんさんは本当に人間くさいバーチャをする方で、
しゃがみ確反のプロ。
できることをMAXの精度で行い、
常に自分を変えていこうとしてる人。
それを表す禁煙成功歴。

何より人間的に本当に素晴らしい方で、
何度も折れそうになる自分を支えてくれました。
苦手だったLA戦の対策はこの人とのやりこみで90%構成されています。

普段は照れくさくて言わないけど、いつも本当にありがとうございます。



次は23氏(SH)
SHUさんと似たスタイルで1KKが多い印象。
でも自分との試合では1KKをほとんど打ってこなくて、
先にラウンドを先取されてしまいました。
「1KK打ってこないの?やべーわかんない」と思っていた時、
後ろでHSAさんがこう言ってくれました。

「多分1KK打ってこないから気にしなくていい」

その一言で吹っ切れることができました。
自分の考えは半信半疑だったけどもHSAさんのアドバイスを
信じて切り替えて勝利。
こういったアドバイスで切り替えれる程、
HSAさんの存在が大きく、信頼していたんだなぁと今心底思います。



そしてとまりおん氏(LI)。
彼には負けたくなかった。
なぜなら前回のBT杯で自分は彼に負けて、
江古田のBT杯を終わらせてしまったから。

もう、負けたくない。
心に決めて挑みました。

多分技術は向こうのほうが圧倒的に高くて、
すごいことをやっていたと思います。
でも愚直に直二をかけ続けました。

それがHSAさんのバーチャの結論で、
江古田のバーチャだったから。

何度つぶされても、
避けられてもアッパーを打ち続けました。
前回の敗因だった44Kにも前Dアッパーを打ちました。
気が付いたら勝ってました。

本当になにも覚えていなくて、
終わった瞬間皆に背中をバンバン叩かれて。
「あぁ、勝ったんだなぁ」と思った瞬間、
立ち上がって声にならない声で叫んでいました。

そして大将の調布氏(TA)に負け、
青さんにすべてを託しました。
青さんも努力の人で、
何度この人とキャラ対をしたか数えきれません。

チームが勝つために、
すべてを託して祈りました。


そして、青さんが勝ちました。


その瞬間泣きながら青さんに抱きついてました。

名門江古田初の決勝T進出。
信じたチームメイトが皆結果を出してくれたこと。


いろんな感情がごちゃ混ぜになって、
すごい顔しながら、飛びついてました。
青さんのあの時の幸せそうな顔は
一生忘れられそうにありません。


こうして名門江古田は初の決勝Tに進出しました。
03:52:25 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ビートライブ8
2011 / 10 / 15 ( Sat )
そして自分たちの試合。
相手は「日本海」と「ファンタジスタドライブ」

日本海は当日欠席があり、4人。
かつエコダーマンがアントラー氏(TA)、アギト氏(KA)を抜き圧倒的有利な展開。

その後の餓鬼氏(LI)に負けるものの、
LI得意なドラゴンウルフ(32)が盤石な立ち回りで勝利。
そして大将ジュニア氏に敗れ、BR戦わりかし得意な自分が出る。



圧倒的ゴミ試合でした。


アッパーしか打たない。
ダッキングになぜか跳び箱。
相手の技は全部喰らう。
0-3。

本当にダメなところが全て出た試合でした。
どう見ても昆虫です。
ほんとうにありがとうございました。


「やらかした」感が満載でした。
だがここでかずぼー(兄)がなんとか勝利。

正直今までの兄貴では勝てない相手だったと思います。
でもやりこみと、人間臭いバーチャで勝ってくれた。


正直自分は今まで、
「江古田勢はキャラ対しないし、
 外にも出ないからわからんキャラや格上は自分がなんとかしないと。
 ぽろりと負けるのはダメだ」
と思っていました。
それが動きを固くし、肘しか打たない哀れなブレイズになっていた原因でした。

肘しか打たず、逆二拓もしないから大会でも突貫力がなくなり、
チームが勝てない。

江古田を代表していたつもりが、
足を引っ張っていたのは自分でした。
いつの間にか、チームを信じられなくなっていました。



それに土壇場とはいえ、気づけたのがこの試合。

江古田を離れている間、
強くなったのは自分だけではありませんでした。


この試合が自分を変えてくれました。
やっと自分が「名門江古田」に戻ってきた瞬間でした。


その後の「ファンタジスタドライブ」は兄貴が先方で出て、
JE、SA、SA、PA、AKの5人抜き。


ここで完全に腹がくくれました。
「負けても後ろがいる。信頼していつものプレイをしよう」と。
03:18:01 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ビートライブ7
2011 / 10 / 15 ( Sat )
そしてビートラ当日。
もちろん予備予選に参加する名門江古田48の応援から始まります。

わけのわからないチームに加入してくれたkan氏、SCANDAL氏、そしてリネさん。
そして江古田の下僕ぼぉるぐ。
本当にありがとうございます。

結果としては一回戦で負けてしまったけども、
左近寺さんがすごい頑張ってて、かつ悔しがっているのを見て、
即効で涙腺崩壊しました。
トイレでこっそり朝一から泣きました。

次にニュートン勢の応援。
ラスカルさん、なっちさん、こいわいのいるチーム。
パンヤオという超強いチームを追い詰めながらの敗北。
普段の頑張りを見ていただけに、本当に悔しかったです。
特にいつも小生意気な可愛いこいわいが泣いているのを見て、
もらい泣きしそうになりました。(泣いたら今後10年からかわれるのでこらえる)

ニュートンの大野さんや極さんが本当に悔しそうで、
かつ暖かくて、ニュートンの素晴らしさを実感した瞬間でした。
本当に素晴らしいメンツに囲まれているこのチームは、
もっともっと強くなるだろうと思います。
まだまだ負けれない。

ビートラで泣く人間、笑う人間。
本当に紙一重の差なのに、たった3ラウンド×5人で大きく分かれてしまう。
一年のやりこみ、才能、運。
これをほんの一瞬に凝縮するからこそビートラは面白くて、楽しくて、悲しい。


そして当日の予選が始まります。

もちろんHSAさんを超応援。
しかしデスブロックに入り、破れてしまう。

こんな素晴らしい対戦が予選から見れる感動と、
負けてしまった悲しみ、
すごい複雑な気持ちでした。



もちろん身内目線というのはあると思います。
それでも自分の中でHSAさんのバーチャは永遠の目標。
ゲームを究極まで理解し、自分の能力と相談しながら最善の一手を打つ。
そして自分の能力を高めることを怠らない。
だからこそ彼のバーチャには華があり、見る人の目を奪う。

彼の水面下での努力や探究を身近で見ているからこそ、
尊敬できるプレーヤーとして自分は彼を推します。

最強のバーチャプレイヤーのひとりであり、
バーチャを知らない人に見せるなら、この人のプレイだと心から思っています。

そんな人が負けるビートラのハードルの高さを再認識しながらも、
その分、頑張ることを心から誓うのでした。

03:00:31 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ビートライブ6
2011 / 10 / 15 ( Sat )
そしてついに昆虫がキャラ対を始めました。
常に動画とにらめっこし、いつも喰らっている技を見つけては、
対策法を聞く毎日。

生まれながらの昆虫のため、
わかっていても対処できないこと数百回。
心が折れそうでした。


かまあげさんに「避けキャン練習しろ虫が」と言われると、
CPU戦でひたすら避けキャンし、
それが終わると、
SHの1KKにしゃがんで膝を返し続けた日々でした。


それでも勝てなくて、
かまあげさんに26連敗し、泣いたこともありました。
バーチャで悔しくて泣くなんて初めてでした。
それだけやりこんでいた日々でした。


これを三カ月ほど続けたある日、
東西戦の代表になることができました。
それとともに徐々に勝てるようになってきました。

いつの間にか昆虫沼を抜けていました。
そして地獄の渋谷武帝戦を行っていました。
多分渋谷の武帝で一番弱かったと思います。

そしてビートラが近づいてきました。


ともにやりこんでいた青さんがチームに加入し、
名門江古田に一瞬亀裂が走りました。
候補人数は6人。

ビートラに出れるのは5人でした。
ここで奔走してくれたのが兄でした。

バラバラになりそうな江古田勢の話を一から聞き、
皆の意見をまとめて、説得してくれた。
これがなければ江古田勢の出場はかなわなかったと思っています。

怪我があったとはいえ、身を引いてくれた左近寺さんにも本当に感謝しています。
もちろん左近寺さんは江古田勢の筆頭だといまでも自分は思っていますし、
来年こそ是非一緒に出たいと心から思っています。



そしてビートラの朝を迎えます。
02:21:19 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ビートライブ5
2011 / 10 / 15 ( Sat )
そしてぐりぐらが閉まってから、江古田勢はバラバラになりました。
元々皆の交通の利便性が最もよかったのが江古田。
それがなくなって皆バラバラになってしまいました。

ある者は外へ。
ある者は地元で。
ある者は別の趣味へ。

皆が顔を合わすのはいつしかベイだけになっていました。


自分は外でバーチャをすることになりました。
今思えば、初めて兄貴と離れてのバーチャ期間になった気がします。
そこでFSも始まりました。

正直Rと比べるとおもしろいとは思いませんでした。
ブレイズは軽くなるし、相殺ないし、キャラバランスはあれだし、ブレイズは軽くなるし。



モチベも初めて急降下し、
バーチャをやる気がない日々でした。


そんな中渋谷が2クレになりました。
そこで出会ったのが「ちんぱん」さんでした。

自分はあんなに楽しそうにバーチャをする人を未だに知りません。
かまあげさんやばすた~も楽しそうなバーチャ勢筆頭ですが、
ちんぱんさんはそれを超えるバーチャ好きでした。

自分のモチベをあげてくれたのは他ならぬ彼でした。
今年のMVPは間違いなく、ちんぱんさんだと自分は思っています。

渋谷が徐々に楽しくなり、毎週通うようになりました。
でもまったく勝てなくて、すぐ折れそうになる日々でした。
特にSHUさんにはまったく勝てなくて、
昆虫沼を抜けそうになる→SHUさんにぶち殺されるの日々でした。
まじ無理ゲーでした。
※昆虫沼…ビートラのパンフに乗っている昆虫プレイヤー軍団が拳聖段位にいて、
     全く武帝になれないこと。自分も昆虫沼の一部。

一度昆虫沼を抜けたら「かいぶつ」に一時間かからず剛拳聖にたたき落とされ、
まじ切れそうになりました。
RNが「JBT59」になりました。(獣武帝59分にて終了)



そこで支えてくれたのがHSAさんでした。

何度も折れそうになる自分を見守ってくれ、練習に付き合ってくれて、
ずっと「おそれず二拓をかけろ」と言い続けてくれました。

だがそこは昆虫、
二拓をかけらず無残に散っていくブレイズがいたのでした。
「汚い花火」と形容されるほど哀れに死んでいきました。


02:20:05 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ビートライブ4
2011 / 10 / 15 ( Sat )
そしてベイにのめりこんだ僕たちは、
ますますバーチャに熱をあげていきます。

その中で出会ったのがしかっちさん(エコダーマン)。
最初は危ないおじさんだと思っていましたが、当時自分たちの中では圧倒的に強かった気がします。
しろぬこ、兄貴、エコダーマン。

この3人でひたすら江古田でバーチャをやりこんでいました。
その中で左近寺さんとも出会い、江古田の体制が仕上がってきました。

またこの頃ちょっと後に、
ナオトが加入し、若さも入り、才能に嫉妬しながらチーム自体が順調に進んでいきました。
皆で突発的に静岡いったり、本当に充実した日々でした。


そのころには外に出て行き、ますますバーチャが楽しくなっていき、
ずっとこんな日々が続くと思ってました。




ある日、「ぐりぐらがつぶれる」と聞かされました。
店長さんがいきなり亡くなってしまい、知人の方が運営してたのですが、
契約更新のタイミングで閉店が決まりました。

まじで信じられなくて、その日からバーチャもそこそこにかけずり回りました。
いくら金を集めればぐりぐらを存続させれるのか、
インカムがいくらになれば潰れずにすむのか、
…結局だめでした。
どんなに頑張ってもぐりぐらが潰れるのを回避することはできませんでした。

ぐりぐらが潰れる日を一日一日と数えながら、
バーチャをする毎日でした。
そしてぐりぐら最後の日、泣きながら自分はその日を迎えました。


いつもと変わらぬメンバー、いつもと同じバーチャ。
ずっと終わることはないと思っていた時間。
でも閉店の時間が来て、ぐりぐらはなくなることになりました。

次の日、閉まっているのがわかりながらぐりぐらに行くと、
そこにはシャッターの閉まった店舗後があったのでした。
01:56:53 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ビートライブ3
2011 / 10 / 15 ( Sat )
そして江古田でのバーチャが始まりました。

そこで最初にあらわれた敵が「たんぼぎょうざ」さんでした。
今考えてもこの人の屈伸は神業だと思います。

当時屈伸という存在を知らなかった自分はこのウルフに平気で何10連敗もしていました。

「なんで中段と投げを両方防げるんですか?」と聞くと、
「やりこみによる匂い(嗅覚)」と返すたんぽさん。
情報弱者ってかわいそう。

そこでたんぼさんの紹介で「ニュートン」とも出会いました。
当時ぐりぐらでしかバーチャしていない自分たち。
修羅の国?なんぼのもんじゃい!って感じでした。

そこで出会ったのがかまあげさん。
この人にも屈伸ですべて処理されました。

「なんで中段と投げを~略」と聞くと、
「やりこみによる~略」と。
情報弱(以下略


そこからぐりぐらでたんぼさんに、
ニュートンでかまあげさんにぶち殺される日々が始まりました。
毎日何十連敗もし、兄貴と夜通し「殺すリスト対策」を話し合う日々。


その中で出会ったのがHSAさんと青パイさんでした。
正直有名プレイヤーとか知らなかったので、
「とにかく強い人」という認識しかありませんでした。

ただ、
とにかくこの二人がたんぼさんをぶっ殺し続けていて、
「この人達はすごいんだ」というのはわかりました。

やりこみ続けて3年?
この時点で江古田バーチャが出来上がってきた気がします。
ある日、「青パイさん、なんで中段と(以下略」と聞くと、
「それは屈伸という防御行動で6F以下で…」


…神が現れた日でした。
そこから兄貴と屈伸と肘と投げだけで
朝から晩まで100試合ぶっつづけで屈伸の練習を始めました。

そして屈伸を覚え、初めてのベイに出場となります。

ベイエリアでは無駄にちょっとだけ勝ってしまい、
ますますバーチャにのめりこんでいく兄弟がいたのでした。
01:28:32 | 雑談 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ビーオライブ2
2011 / 10 / 15 ( Sat )
5でエルブレイズと出会った自分は兄の行きつけのゲーセン「BIG APPLE大宮店」で、
バーチャをやりこむようになりました。
その時「R☆IN」の皆さんと出会い、自分のバーチャの世界が広がりました。

皆さん昔からバーチャをやっているだけあって、
まったく勝てなかったのを覚えています。
マジで勝てないし、金争奪は取れないしでぶちギレそうになりながら覆面と試行錯誤する日々でした。

でもバーチャした後の飯食いながらダベったり、
いろいろネタを教えてもらえるのが楽しくて、ひたすらやりこんでいました。

そうして、
1人のパンピーブレイズ(バーチャキチ○イ)が生まれました。
結局5では称号になれず、10段で終わりました。
(メンバーのサブキャラのサラに昇格戦まで行くものの緊張して死)

結局5Rになってついてた称号は「戦士」
※称号で5を終えるとかっこいい称号がもらえた。
 数字段は戦士。

その後怒りのあまりRNをしばらく「戦士ライアン」にしてました。
(VFBBSにRNがダサいとさらされる)



そして5Rが始まります。
5Rが始まるころには、立派なジャンキーが一匹誕生していました。
しゃがんでいる人を見ては「ミドルでよろけ」と思い、
ふくよかな女性を見ては「こいつは重量級Pだ」と考える。

気がくるっていたのでしょうか。
多分、そうです。


バーチャジャンキーは遠出するのがめんどくさくなっていました。
正確に言うと「車に乗っている暇があるならバーチャしたい」と思っている程でした。
マジキチ。



そこで出会ったのが江古田の50円ゲーセン「ぐりぐら」でした。
01:06:08 | 雑談 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ビートライブ1
2011 / 10 / 15 ( Sat )
こんばんわ。しろぬこです。
ビートライブカップから1週間がたちました。

今回、名門江古田で出場したビートライブカップ。
結果として、優勝することができました。

また、
大会のMVPというすばらしい賞をいただくことができました。
これだけの伝統ある大会で優勝できたこと、
MVPという賞をいただけたこと、本当に光栄に思っています。

今日は一つの振り返りとしてこれまでの事をまとめてみようとおもいます。
たいしたことは書かないので興味無い方は読み飛ばしてください。

自分がバーチャファイターというゲームに出会ったのは4FTの末期です。
ちょうどゲーセンに人もいなくなり、皆が5のリリースを待ちわびていたころのように思います。

自分は四国の香川県というところで生まれ育ちました。
まぁいわゆる田舎で、高校時代は特にすることもなくゲーセンに入り浸ってました。
でもバーチャファイターはいつもデモが流れていて、「なんだこのゲーム」くらいにしか思っていませんでした。
(今思えばスカイキングって素晴らしいゲームセンターがあったはずなのに、本当にもったいない)

そして時は流れて大学進学のため、東京に上京し、兄との同居が始まりました。
そこで兄が触っていたのがバーチャファイターでした。

その兄に勧められ、始めたバーチャファイター。
最初は何が面白いのかまったくわかりませんでした。
技は地味だし、必殺技はないし、コマンドは簡単。
正直こんなもん、そこまで気合いいれてするほどのもんか?と感じたのを覚えています。

まぁ、あまりに兄が勧めてくるもので、始めてみました。
もちろん対戦相手は兄(レイフェイ)。こっちはジャッキー。


まったく勝てずに毎日、30連敗位したのを覚えています。(100円1クレ)
禿の敗式PP+Kを有利と教えてもらえず3か月ほどハメられ続けていました。
兄に「構えてバン、バンってやつの後、手出したら負けるんだけど」って聞くと、
兄の回答は「最速で動けてないんじゃん?」がデフォ。

元々半端じゃない負けず嫌いのため、
そこからバーチャにのめりこむ日々が始まりました。

フレームを覚えるために、
フレーム本にラインマーカーを引いて、
Gして+14の技のところには「肘を返す」
Gして+17の技のところには、「膝を返す」
と書きこんでました。(全キャラやった)

学校から帰ると即効でその本を持ってゲーセン行って、
どの技が膝確定か、とかを確かめていました。

今思えばこれだけ勉強してればもっといい大学とか行けたかもしれません。


ちょうどその途中で5がリリースされました。
アルカディアだけは兄が買っていたので、それを読んでいる中で「エル・ブレイズ」と出会いました。

正直まったくルチャに興味はありませんでした。
背が小さいという点にシンパシーを感じて、このキャラに決めました。
ほんとそれだけです。



そこから兄弟でのバーチャ人生が始まりました。


00:49:33 | 雑談 | トラックバック(1) | コメント(0) | page top↑

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